潜水艦から発射される弾道ミサイルをSLBMと呼びます。この兵器は、潜水艦の隠密性と相性が良く、複数ある核戦力の中でもかなり脅威度が高いとみられています。
2022年2月にロシアによるウクライナ侵攻が始まって以降、ロシア海軍以外にも、中国、北朝鮮、そして結果的に失敗したもののイギリスと、各国の海軍が潜水艦発射型の弾道ミサイル「SLBM」の発射実験を実施しています。
なぜ、世界情勢が緊迫している時期にこのタイプのミサイル実験が行われるのかというと、SLBMが安全保障上の大きな脅威であるということも一因になっています。発射実験をするだけで対立国などに危機感を与えることができるからです。
潜水艦から「バッヒューン!」なぜ警戒が必要か 北朝鮮も導入始…の画像はこちら >>1980年代まで運用された原子力潜水艦「サム・レイバーン」のミサイルハッチが開いた状態(画像:アメリカ海軍)。
まず、SLBMは水中から発射できる戦略兵器だという点で、核爆弾や地上発射型の弾道ミサイルなどよりも大きな脅威になり得ます。じつは、現在の潜水艦探知能力を持ってしても、海中にいる潜水艦を探し出すのはかなり困難です。
1隻だけなら運良く発見できるかもしれませんが、数隻や数十隻がバラバラに行動されると、全て漏らさず叩くことは現代兵器をもってしても不可能に近いといえるでしょう。
さらに射程も問題です、2024年現在、SLBMと呼ばれるミサイルは、射程600km以上のものを指します。アメリカやイギリスの潜水艦が搭載している「トライデントII」になると射程は1万2000kmもあり、アメリカ沿海域からでもロシアや中国全域など世界の大半の場所に攻撃を加えることが可能です。そのため、SLBMを発射する場合、攻撃する国のすぐ近くの海域にまで行く必要はなく、遠距離の海中から相手国の地上基地や市街地を攻撃することができます。しかも、同じく長射程を誇る大陸間弾道ミサイル(ICBM)とは違い、どこから撃たれるかわからないという恐怖を含んでいます。
潜水艦が弾道ミサイルを積むようになったのは、1950年代後半からで、最初は旧ソビエト連邦がズールー級潜水艦の一部を改造し、地上発射用の弾道ミサイルR-11(スカッド)の派生型を内蔵できるランチャーを設置したのが始まりです。
現在のように、水中からミサイルを垂直射出できるようになったのはアメリカ海軍のジョージ・ワシントン級原子力潜水艦からです。1番艦「ジョージ・ワシントン」は1959年に就役すると、翌1960年に「ポラリス」ミサイル(退役済み)の水中発射実験に成功、こうしてSLBMの時代が幕を開けています。
長射程な核兵器と原子力潜水艦が組み合わさることで、燃料補給なしに長期間活動できる体制も確立され、地上発射のICBMや核搭載可能な戦略爆撃機と共に、SLBMは核戦力の一翼を担うようになりました。
前述した「トライデントII」の場合、ミサイルは2万1600km/h(約マッハ17.6)というとてつもない速度で飛翔してきます。さらに、1発のSLBMに最大14発の弾頭をまとめて積むことも可能で、全てを核弾頭にすることもできます。
多弾頭の場合、大気圏外に出た後、速度と方向を微妙にずらしながら順番に弾頭を切り離し、大気圏に再突入されるため、迎撃される可能性を軽減しつつ、より広範囲に被害をもたらすことが可能になっています。このようなミサイルが潜水艦数隻から一斉発射された場合、もはや1発残らず撃ち落とすことはできず、甚大な被害を受けることはほぼ確定となってしまいます。
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アメリカのオハイオ級原子力潜水艦がミサイルハッチを開いた状態(画像:アメリカ海軍)。
なお、全てのSLBM保有国が、「トライデントII」と同じ性能を持つミサイルを持っているわけではありませんが、SLBMがあれば仮に核戦争で世界の国々が壊滅した状態でも、潜水艦を発見されていなければ無傷でミサイルを撃つことができます。いつでも報復が可能なミサイルであるという点も、大きな脅威である理由です。
なお、2024年現在、SLBMを搭載可能な原子力潜水艦を運用する国は、アメリカ、イギリス、フランス、ロシア、中国、インドの6か国です。加えて通常動力型のSLBM発射能力を持つ潜水艦を、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)と韓国が保有しています。
日本周辺に限ると、米ロ中の3大国に加えて朝鮮半島の2か国、計5か国がSLBM搭載潜水艦を保有していることになります。これだけでも、我が国の安全保障環境は緊迫していることがわかるでしょう。