「マネジメント力がダブルケアの鍵」介護と育児の両立するための支援とは

NPO法人こだまの集い代表理事である室津瞳氏は、看護師として働きながら父親の介護と育児の両立した経験を持つ。育児、介護、そして仕事を同時にこなす「ダブルケア」を通じて感じた課題や、家族全体を支える重要性、介護のプロとの連携方法について、実体験から学んだことを聞いた。
―― 室津さんは看護師として働きながら、お父様の介護と育児を同時に経験されたそうですね。その経験についてお聞かせください。
室津 私の場合、第1子の妊娠中から父の介護が始まりました。父が60歳頃から入退院を繰り返すようになり、私が34歳で第1子を出産する頃には、すでにダブルケアの状態でした。ダブルケアとは、子育てをしながら親の介護をしている状態などを指します。
当時の私は、看護師として働きながら、妊娠・出産・育児と父の介護を並行して行うことになりました。
―― 大変な状況だったと思います。特に困難だったことは何でしょうか?
室津 最も大変だったのは、父が膵臓癌と診断された時期ですね。上の子が3歳で、私は第2子を妊娠中だったので。さらに、母も体調を崩して入院することになり、父の終末期ケアと母の入院対応が重なりました。
フルタイムで働きながら、3歳児の育児、妊娠中の体調管理、そして両親の介護・看病を同時にこなすことは、本当に大変でしたね。

取材に答える室津氏
―― そのような状況で、どのようにして乗り越えられたのでしょうか?
室津 家族で役割分担をすることが重要でした。兄は父の金銭管理を担当し、私は医療・介護の専門知識を活かして医療従事者との連絡調整を行いました。
夫は子育てのサポートと、両親の実家や病院への送迎を担当してくれました。チームとして協力し合うことで何とか乗り越えられたと思っています。
―― ダブルケアの課題はどんなところだと感じましたか?
室津 一番の課題は、専門職と当事者の間にある大きな認識のギャップです。例えば、地域包括支援センターに相談に行くように言われても、仕事と育児で忙しい現役世代には時間的余裕がありません。
介護の専門職は正しい知識や情報を持っていますが、それが当事者の実際の生活や悩みにうまく結びついていないケースが多いと感じました。
―― 看護師としての経験が、ご自身の介護経験に活かされた部分はありましたか?
室津 医療従事者との連携がスムーズにできたことは大きな利点でしたね。父の状態や予後について、医療者の説明を正確に理解し、家族に伝えることができましたし、在宅での看取りの際も、症状の変化や必要なケアについて的確に判断できました。
ただ、専門職の知識があるがゆえに、家族としての感情と専門職としての判断の間で葛藤することもありました。
―― ダブルケアを経験されて、家族全体をケアすることの重要性を感じられたそうですね。
室津 その通りです。ダブルケアでは、介護を受ける高齢者だけでなく、介護する側の家族全体をケアする視点が非常に重要です。特に子どもへの影響は見逃せません。私の場合、3歳だった長女が父の看取りの時期に精神的な問題を抱えました。
―― 具体的にはどのような影響がありましたか?
室津 父の終末期ケアのために、普段通っている保育園から離れ、娘を祖父母の家に一時的に移住させたんです。環境の変化や、私が忙しくて十分に関われなかったことで、娘にストレスがたまってしまいました。
後になって娘から「10年生きた中で一番暗黒の時代だった」と言わまして……。子どもの視点からのケアの重要性を痛感しました。

取材に答える室津氏
―― 子どもへの影響を抑えるためには、どんな考え方が必要でしょうか?
室津 まず、子どもの生活環境をできるだけ変えないことが大切です。また、親の状態が子どもに与える影響を常に意識する必要があります。親が疲れていたり悩んでいる姿を見ると、子どもは自分のことを我慢してしまう傾向があります。
家族全体のバランスを考えながら、それぞれのニーズに応えていっていただければと思います。
―― 専門職の方々にも、そのような視点が必要だということですね。
室津 その通りです。例えば、ケアマネージャーの方々に研修で伝えているのは、対高齢者だけでなく、家族全体を支援する視点を持つことの重要性です。 家族全体をケアすることで、高齢者の生活も安定し、結果的にケアマネージャーの負担も軽減される可能性がありますから。
―― 家族全体をケアすることで、具体的にどのような変化が見られますか?
室津 まず介護者自身の精神的・身体的負担が軽減されます。これにより、より良質なケアを提供できるようになります。また、子どもたちの心理的安定にもつながり、家族の絆が強まることも多いです。
高齢者にとっても、家族全体が安定していることで、より穏やかな生活を送れるようになりますよね。ただし、これには家族間のコミュニケーションや外部の支援を適切に活用することが求められるでしょう。

取材に答える室津氏
―― 室津さんは、ダブルケアの両立にはマネジメント力が重要だという考えをお持ちでいらっしゃいますが、具体的にはどのような能力が必要なのでしょうか?
室津 ダブルケアはまさにマルチタスクの状態です。育児、介護、仕事といった、複数の役割を同時にこなす必要があります。そのため、時間管理能力、優先順位付けの能力、そして必要な支援を見つけ出し、適切に活用する能力が重要になります。
―― マネジメント経験がある人とあまりない人では、どのような違いが出てくるのでしょうか?
室津 マネジメントに慣れている方は、非常に効率的にダブルケアを行えます。速やかにやるべきことを洗い出し、体制を整え、未来の予測まで自分でできてしまう人もいるのです。
一方、そうでない方は、何から手をつければいいかわからず、すべてを自分でやろうとして疲弊してしまいがちです。
―― マネジメント経験がない人は、どのように対応すれば良いのでしょうか?
室津 まず重要なのは、すべてを自分でやろうとせず、プロの力を借りることです。特に介護に関しては、ケアマネージャーなどの専門家に任せることをお勧めしています。
優先順位の付け方や、利用可能な支援サービスについての情報提供も重要です。行政や支援団体による相談窓口の充実も必要だと考えています。
―― マネジメントに慣れている人にも課題はあるのでしょうか?
室津 はい、あります。マネジメント経験が豊富な方でも、最終的に残る課題は孤独感です。効率的に物事を進められる反面、同じような状況の人とつながる機会が少なくなりがちです。
―― 介護におけるマネジメント力を向上させるために、どのような取り組みが効果的だとお考えですか?
室津 まず自分の状況を客観的に把握することが大切です。そのために、日々の業務や介護・育児のタスクを書き出し、優先順位をつけてみるといいでしょう。時間管理のツールやアプリを活用するのも効果的です。
さらに、他のダブルケアラーの経験談を聞いたり、専門家のアドバイスを受けたりすることで、新しい視点や方法を学ぶことができます。
一方、完璧を求めすぎないことも重要です。自分にできることとできないことを見極め、必要な支援を受け入れる勇気を持つことが、結果的に介護におけるマネジメント力の向上につながります。

取材に答える室津氏
―― 家族で介護をすることは避けた方が良いのでしょうか?
室津 介護は専門的な知識とスキルが必要な分野です。適切なケアが行えないことにより、かえって親の状態を悪化させてしまう可能性もあるんです。早めにプロに任せることで、親が元気に過ごせる期間も延ばせることが期待できます。
―― お父様の介護経験から学んだことがあれば教えてください。
室津 私自身、看護師の経験があったにもかかわらず、父の介護では大変だと感じることがありました。専門知識があっても、家族の介護となると感情が入ってしまい、冷静な判断が難しくなることがあります。
そこをプロに任せることで、客観的な視点での介護が可能になり、結果的に親にとっても良いケアができると学びました。
―― たしかに家族の介護となると判断が難しくなりそうです。他にプロに任せるメリットはありますか?
室津 あとは、自分自身の時間とエネルギーを仕事と育児に目を向けられる可能性がでてくることですね。介護、育児、仕事の全てを完璧にこなそうとすると、心身の健康が保てなくなります。
介護をプロに任せることで、仕事でのパフォーマンスを維持しつつ、子どもとの時間も確保できます。これは家族全体のQOL(生活の質)向上につながることでもあります。
―― 一方で、いざ親の介護が必要となった際、他人に任せることに抵抗を感じる人もいるかもしれません。
室津 その気持ちはよく分かります。でも、介護をプロに任せることは、親を放棄することではありません。むしろ、プロの力を借りることで、自分にしかできない家族としての役割に集中できるのです。
例えば、親と語り合うこと、思い出作りをすることも、立派なケアだと思います。これは、親子関係をより良いものにする機会にもなるんです。

取材に答える室津氏
―― プロに介護を任せる際、注意点はありますか?
室津 信頼できるケアマネージャーを見つけ、定期的にコミュニケーションを取れると良いでしょう。親の状態や介護の内容について常に情報を共有し、必要に応じて意見を伝えることは家族の役割としても大切なことです。
また、経済的な面も考慮に入れ、利用可能な介護保険サービスや自治体の支援制度などを十分に活用することをお勧めします。
―― ダブルケアラーの支援において、現状ではどのような課題がありますか?
室津 現状の大きな課題は、ダブルケアラーが直面する複雑な問題に対応できる総合的な相談窓口が不足していることです。介護と育児、そして仕事の問題が絡み合っているため、たてわりになっている行政の介護相談や子育て相談だけでは十分に対応できないケースが多いんです。
―― 具体的にどのような支援が不足していると感じますか?
室津 例えば、介護と育児、双方のセクションの連携不足や両立に関する具体的なアドバイスが必要です。仕事との両立のための制度利用の相談など、複合的な問題に対応できる専門知識を持った相談員が、今後はさらに求められていくでしょう。
また、夜間や休日の相談対応、オンライン相談の充実なども必要です。ダブルケアラーは時間的制約が大きいので、柔軟な相談体制が求められています。
―― 相談窓口を充実させることで、どのような効果が期待できますか?
室津 まず、ダブルケアラーの孤立感や不安感の軽減が期待できます。専門家に相談することで、自分の状況を客観的に把握し、適切な支援を受けるきっかけになります。
早期の相談により、問題が深刻化する前に対策を立てることができ、離職や健康悪化などのリスクを軽減できる可能性があるでしょう。

取材に答える室津氏
―― 相談窓口の充実に向けて、どのような取り組みが必要だとお考えですか?
室津 行政レベルでの取り組みとなりますが、介護、育児、就労支援などの部門が連携し、ワンストップで相談できる窓口の設置に期待したいです。 また、民間の支援団体との連携もしていくことが望ましいですね。介護と仕事の両立支援のためには、企業の制度も早急に整える必要があります。
実現するためには、相談員の育成も課題です。ダブルケアに関する専門的な知識とカウンセリングスキルを持つ人材の育成に取り組む必要があるのではないでしょうか。
―― 仕事とダブルケアの両立について、職場の理解も重要だと思います。この点について、どのようにお考えでしょうか?
室津 その通りで、職場の理解と支援は非常に重要ですが、現状では多くの企業で、ダブルケアの問題が十分に認識されていません。
多くの経営者は、自社にはビジネスケアラー(働きながら介護している人)がいないと思っていますが、実際には40代のビジネスパーソンの約59.4%が介護と12歳以下の育児を行っているというデータもあります。(出典:ビジネスケアラー最新実態調査(株式会社チェンジウェーブグループ)
―― なぜそのような認識のギャップが生まれているのでしょうか?
室津 主な理由は2つあります。1つは、介護休業や介護休暇の取得率が低いため、表面化していないこと。もう1つは、介護の問題を職場で話すことをためらう社員が多いことです。
介護は明るい話題ではないですし、言うことで即戦力から外されるのではないかという不安もあります。結果として、多くの人が介護の問題を抱えたまま黙々と働いているのが現状なのです。

取材に答える室津氏
―― そのような状況を改善するために、どのような取り組みが必要だとお考えですか?
室津 最も重要なのは経営者層への啓発だと思います。経営者や人事部門の管理職層に対して、ダブルケアの現状や課題について啓発を行う必要があるでしょう。
経営者が介護と仕事の両立に対する理解を示し、支援する姿勢を明確にすることで、社員も安心して自分の状況を話せるようになりますから。
―― 具体的にはどのような施策が効果的でしょうか?
室津 まず、経営者層へのコミットメントを促すための啓発セミナーの実施をお勧めします。次に、社内調査や相談窓口の設置をするなど、介護と仕事の両立について話しやすい職場風土づくりが重要です。
経済産業省が発表している「仕事と介護の両立支援に関する経営者向けガイドライン」を参考に、自社の状況に合わせた支援制度を設計することも求められるでしょう。
―― 従業員の側でも、何か工夫できることはありますか?
室津 上司や同僚に対して、さりげなく自分の状況を伝えておいていただきたいです。例えば、「親の薬を取りに行かないといけないんです」といった具合に、子どもの用事と同じような感覚で介護の話をすることで、周囲の理解を徐々に得ていくことができます。
ダブルケアと仕事の両立のバランスを保っている方は、そのような工夫をされているという話を聞きます。
―― 先ほど行政の窓口についてお話がありましたが、具体的にどのような問題があるのでしょうか?
室津 大きな問題は、多くの行政手続きがまだ対面や電話でしか行えないケースが多いことです。例えば、介護保険の申請や各種書類の提出など、本人が直接窓口に行かなければならないケースが多いんです。
仕事をしている人にとっては、なかなか難しいこともあると思うので、デジタル化が進むと良いですね。

取材に答える室津氏
―― それは確かに大変そうです……。
室津 ある程度マネジメント経験がある方でも、この行政手続きの問題でつまずくことが多いんです。時には、仕事を休んで遠方まで行かなければならないこともありますが、1時間あたりの労働生産性に置き換えて考えると、これは大きな機会損失だと言えます。
ダブルケアラーの中には育児や介護を行いやすい環境をつくるためにフリーランスとして独立する人もいますので、そういった方々にとっては、このような生産性の低下が収入の減少にも直結してしまいます。
また、介護の緊急事態に対応しなければならない時に、行政手続きのために時間を取られてしまうこともあります。
―― 手続きがデジタル化された場合は、どのような点において介護者の負担が軽減されそうですか?
室津 まず、時間と場所の制約がなくなりますから、仕事の合間や夜間でも手続きができるようになれば、仕事を休む必要がなくなります。 また、オンラインでの申請や相談が可能になれば、遠方に住んでいる家族でも介護の手続きをサポートしやすくなります。
さらに、デジタル化によってペーパーレス化が進めば、書類の準備や保管の負担も軽減されます。
―― 行政側にもメリットがありそうですね。
室津 行政側にとっても、窓口業務の効率化や人的リソースの有効活用につながります。データのデジタル化によって、より正確で迅速な情報管理が可能になり、サービスの質の向上にもつながるでしょう。
―― 地域コミュニティを活用したダブルケア支援について、どのようにお考えですか?
室津 地域コミュニティの活用は、ダブルケア支援において非常に重要な要素だと考えています。特に、子育てと介護の両方に関わる多世代交流の場をつくることが効果的だと思います。
子どもたちと高齢者が一緒に過ごせる場所を設けることで、双方にメリットがあるのではと感じます。
―― 具体的にはどのようなメリットがあるのでしょうか?
室津 子どもたちにとっては、経験豊富な高齢者との関わりはメンタルの安定につながるケースもあるでしょう。一方、高齢者にとっては、子どもたちと触れ合うことで生きがいや役割を感じられ、介護予防にもつながりますよね。
現役世代の親にとっても、そのような居場所があることによって、労働や地域活動等に関われる可能性もあると思います。
―― 地域住民一人ひとりに求められることはありますか?
室津 まず、お互いの状況を知り、理解し合うことが大切です。介護リテラシーを高めることも重要です。自分ができる範囲でサポートし合える関係性をつくることで、今よりも働きやすく生活しやすい社会になるのではないでしょうか。
自分自身も将来ダブルケアの当事者になる可能性があるという意識を持つことで、地域の支援体制づくりに積極的に参加する動機にもなるでしょう。

取材に答える室津氏
―― NPO法人こだまの集いを設立された経緯について教えていただけますか?
室津 私自身が当事者として経験したことで、専門職と当事者の間に大きな認識のギャップがあることに気づきました。 先ほどもお伝えしましたが、「地域包括支援センターに行ってください」と言われても、実際には仕事や育児で忙しくて行く時間がないんです。そういった当事者の実情と、専門職の持つ知識や情報をうまく橋渡しする必要があると感じました。
また、自身の経験として、育児や介護が重なることは当たり前の社会になる中で、現役世代が働ける社会の仕組みづくりをしたかったことも大きな設立理由です。
―― 具体的にどのような活動を行っているのでしょうか?
室津 専門職向けのセミナーです。ケアマネージャーの更新研修で、ダブルケアの支援内容をお伝えしています。
ほかにも、当事者同士をつなぐ活動も行っています。オンラインでのダブルケアカフェなどを開催し、情報交換や心理的サポートの場を提供しています。
―― 活動を通じて、どのような変化を感じていますか?
室津 少しずつですが、専門職の方々から「家族全体を支援する視点の重要性に気づいた」という声をいただくようになりました。企業でもビジネスケアラーやダブルケアラーへの理解が深まり、支援制度を整備する動きが出てきています。
ただ、まだまだ課題は多く、特に行政のデジタル化や地域支援体制の整備には時間がかかると感じています。
―― 今後、特に力を入れていきたい取り組みはありますか?
室津 大きく2つあります。1つは、若い世代への啓発活動です。現在の20代、30代の方々が、将来的にダブルケアの当事者になる可能性が高いのです。早い段階から情報提供や準備の重要性を伝えていきたいと思っています。
もう1つは、企業向けの支援です。経営者や人事部門向けの研修プログラムを充実させ、職場でのダブルケア支援体制の整備を促進していきたいと考えています。
―― 最後に、現在ダブルケアに直面している方へのメッセージをお願いします。
室津 まず、一人で抱え込まないでください。専門家や同じ立場の人とつながることで解決できる問題もあるので、まずは行動に移してみてください。そして、完璧を求めすぎないことも大切です。
自分にできることとできないことを見極め、必要な支援を受け入れる勇気を持ってください。ダブルケアは親との関係性を見直す機会にもなります。どうかご自身の人生を諦めないでください。
ダブルケアは大変ですが、乗り越えられた先には必ず学びがあります。より良いサポート体制を築いていけるように取り組んでみてください。
取材:谷口友妃 撮影:熊坂勉

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