那須川天心「ボクシング世界挑戦への戦略」を考察─。標的は武居由樹か?西田凌佑か?

10月14日、東京・有明アリーナ『Prime Video Boxing 10』で那須川天心(帝拳)が初めてプロボクシングのベルト獲りに挑む。WBOパシフィック・バンタム級王座決定戦、対戦相手は9戦全勝(4KO)の戦績を持つジェルウィン・アシロ(フィリピン)だ。

もちろん那須川にとってローカル王座獲得は、世界挑戦への通過点にすぎない。アシロを好内容で破れば、ようやく大一番が見えてくる。現在、WBAとWBCで3位、WBO10位と世界ランキング入りしている那須川の「世界挑戦への戦略」を考察する。
○■転向初戦から1年半が経過して

帝拳ジムは、那須川天心をジックリと慎重に育て上げてきた。
キックボクシングで無敗のチャンピオンであり続け”神童“と呼ばれた男には、ボクシングのデビュー戦から多大な注目が集まった。
「世界王座獲得の最短記録を狙って欲しい」
そんな声もファンの間では上がっていた。

もう半世紀近くも前のこと、1975年7月に元ムエタイ王者のセンサク・ムアンスリン(タイ)が、いまも破られぬ記録を打ち立てている。デビューから僅か3戦目で王者ペリコ・フェルナンデス(スペイン)を8ラウンドKOで下しWBC世界ジュニアウェルター(現呼称はスーパーライト)級のベルトを腰に巻いたのだ。
キックボクシングで42戦全勝を誇った那須川なら、センサクの世界王座獲得・最短記録に並ぶのではとの期待があった。

だが、帝拳ジムの方針は堅実だった。
(ボクシングとキックボクシングは異なる競技。試合ごとに成長度を確認、ボクサー那須川天心のスタイルを完成させ、万全な準備を整えた後に世界チャンピオンに挑む)
周囲の声に惑わされることなく、このやり方を貫いた。

早急に結果を求めるファンは焦れもした。だが試合間隔を十分に開け、計画的に練習に取り組んだことで、那須川は確実に成長を遂げている。
デビュー戦、2戦目は持ち前のスピードに頼った闘い方だったが、7・20両国国技館でのジョナサン・ロドリゲス(米国)戦では「倒すスタイル」の完成を観る者に強く印象づけた。
「これまで試行錯誤してきたが、試合の2週間前にピタリと嵌り、それが結果につながった。まだまだ進化していきたいが、一つの形が定まったと思う」
試合後に、那須川はそう話しており、かなり自信を深めたようだ。

そして現在、メキシコからクリスチャン・メディナ(WBO世界バンタム級3位)とファン・フローレス・アセベスを招聘しスパーリングに励んでいる。10・14有明でのWBOパシフィック・バンタム級王座決定戦への調整に余念がない。ここでベルト奪取なれば来年、世界王座に挑戦する運びとなる。

○■武居由樹がリング上からアピール

いま、バンタム級の世界王座は日本人選手が占めている。

〈WBA王者〉井上拓真(大橋)
〈WBC王者〉中谷潤人(M.T)
〈IBF王者〉西田凌佑(六島)
〈WBO王者〉武居由樹(大橋)

那須川が世界に挑むとなれば、この4人のいずれかと闘うことになる。可能性が高いのはIBF王者・西田かWBO王者・武居との対峙。
WBA王者・井上とWBC王者・中谷は現時点では那須川に目を向けていない。なぜならば、この二人は互いに闘う覚悟を決めているからだ。10月の『Prime Video Boxing 10』で両者が王座防衛を果たすことが条件になるが、来年早々に「井上vs.中谷」の王座統一戦が行われることになるだろう。

では、那須川が挑むのは西田か? 武居か?
おそらくは武居─。
理由は2つある。
1つはランキング事情。
現在、那須川はWBO10位だが、次戦でWBOパシフィックの王座に就いたならばランキングはさらに上昇する。対してIBFではランク外なのだ。この点を考えればWBO王座への挑戦が妥当である。

2つ目は興行的盛り上がり。
プロボクシングは単に競技ではない。収益が優先される興行でもある。ならば、「西田凌佑vs.那須川天心」よりもファンの注目度が高い「武居由樹vs.那須川天心」実現にプロモーターは動く。
武居と那須川は元キックボクシングのチャンピオン。所属する団体が異なっていたためにプロのリングで顔を合わせることはなかったが、武居は「K-1 スーパーバンタム級」、那須川は「RISEバンタム&フェザー級」のチャンピオンだった。元キックボクシング王者同士の世界戦は、ボクシングファンのみならず、広く格闘技好きを巻き込んでのスーパーファイトとなる。

9月3日、東京・有明アリーナのリングで比嘉大吾(志成)を破りWBO王座初防衛を果たした直後にリング上でマイクを手に武居は言った。
「10月の天心クン、頑張ってください。応援しています」
これは紛れもない対戦アピールだ。
那須川が10月の試合で勝てば、話は一気に進むのではないか。
2025年に夢対決が実現する可能性は極めて高い。

文/近藤隆夫

近藤隆夫 こんどうたかお 1967年1月26日、三重県松阪市出身。上智大学文学部在学中から専門誌の記者となる。タイ・インド他アジア諸国を1年余り放浪した後に格闘技専門誌をはじめスポーツ誌の編集長を歴任。91年から2年間、米国で生活。帰国後にスポーツジャーナリストとして独立。格闘技をはじめ野球、バスケットボール、自転車競技等々、幅広いフィールドで精力的に取材・執筆活動を展開する。テレビ、ラジオ等でコメンテイターとしても活躍中。『プロレスが死んだ日。~ヒクソン・グレイシーvs.高田延彦20年目の真実~』(集英社インターナショナル)『グレイシー一族の真実 ~すべては敬愛するエリオのために~』(文藝春秋)『情熱のサイドスロー ~小林繁物語~』(竹書房)『ジャッキー・ロビンソン ~人種差別をのりこえたメジャーリーガー~』『柔道の父、体育の父 嘉納治五郎』(ともに汐文社)ほか著書多数。
『伝説のオリンピックランナー〝いだてん〟金栗四三』(汐文社)
『プロレスが死んだ日 ヒクソン・グレイシーVS髙田延彦 20年目の真実』(集英社インターナショナル) この著者の記事一覧はこちら

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする