「敬老パス」は廃止されるべき? 横浜市の事例をもとに考える

近年、高齢者が割安料金で公共交通機関を活用できる「敬老パス」制度の見直しが行われています。読売新聞社の調査によると、2022年時点で政令指定都市の約6割が見直しを行っているそうです。
同制度は高齢者の外出促進、ひいては健康維持に寄与している一方、高齢化による自治体の負担増が著しく、持続維持が難しくなっているのです。
本記事では、「敬老パス」制度の意義や活用状況について、主に横浜市の敬老パスである「敬老特別乗車証」制度の事例をもとにひも解いていきます。
「敬老パス」とは、高齢者の外出支援と社会参加の促進を目的とした制度です。各自治体が独自に実施しており、主に70歳以上の高齢者を対象に、バスや鉄道などの公共交通機関を無料または低額な料金で利用できる乗車証を交付しています。
例えば、東京都では「東京都シルバーパス」を交付しています。都内に住所を有する70歳以上の方が対象で、申請により、都営交通(都営地下鉄・都営バス)、都内民営バス、都内コミュニティバスを利用する際、原則1乗車100円で乗ることができます。「敬老パス」は廃止されるべき? 横浜市の事例をもとに考えるの画像はこちら >>
また、横浜市の「敬老特別乗車証」は、市内在住の70歳以上の方が対象です。市営バス、市営地下鉄、金沢シーサイドライン、横浜シーサイドラインのほとんどが無料となり、民営バスでも特別運賃(原則100円)で、年間乗車回数制限なしに乗車できます。

横浜市敬老特別乗車証
敬老パスの対象年齢や利用条件は自治体によって異なりますが、共通しているのは高齢者の生活の質の向上を目指している点です。公共交通機関の利用料金の負担を軽減することで、高齢者が気軽に外出できる環境を整備し、社会とのつながりを維持することを目的としています。
敬老パスの利用が高齢者の外出頻度を高め、健康維持に寄与していることが研究で明らかになっています。
総じて高齢者は若者と比べ、外出を控える傾向にあります。年を重ねる中で、どうしても身体のあちこちに不具合が出てきたり、筋肉量が低下してきたりといった老化現象が発生します。そうなると、肉体的に外出することがおっくうになってきます。さらに、勤め先を定年退職したことによって金銭的に外出する余裕がなくなるケースも考えられます。また、周囲の人も高齢になる中、これまで一緒に出かけていた友人や家族が亡くなることも多く、外出する動機が損なわれたり、抑うつ状態に陥る方も多くいらっしゃいます。

画像提供:イラストAC
ですが、ひとたび外出を控えてしまうとご本人のエネルギー消費量が低下し、1日の食事量が減少します。こうなると、悪循環は止まりません。慢性的な栄養不足が続き、生活機能が全般に衰えた、生活不活発病や要介護一歩手前の「フレイル」状態になってしまうのです。
生活不活発病とは、「生活が不活発になった」ことが原因となり、あらゆる体や頭の働きが低下する病気です。また、高齢者特有の症状であるフレイルは、身体的・精神的・社会的な脆弱性が重なった状態を指し、要介護状態への入り口とも言われています。これらの症状を予防するためには、適度な身体活動と社会参加が欠かせません。
そこで、注目が集まるのが「敬老パス」です。
敬老パスがあれば割安に、あるいは無料で利用できるため、金銭面で公共交通機関の利用をあきらめていた方もより気軽に外出することが可能になります。また、公共交通機関が使えるとなると、身体的要因や動機不足で遠くまで自力で外出することを控えていた方も外出できるようになります。敬老パスは、高齢者の外出を促す強力なインセンティブになっているのです。
外出ができるようになると、外出することで身体的活動が増え、健康維持にもつながります。歩行をはじめとする適度な運動は、筋力や体力の維持・向上に効果的です。また、新しい環境に触れることで精神的な刺激を受け、認知機能の低下を防ぐ効果も期待できます。外出先で新たな出会いがあれば、さらなる外出の動機付けとなったり、ポジティブな気持ちになったりという良い影響もあるかもしれません。

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実際、仙台市の発表した「敬老乗車証の利用者への効果について」によれば、敬老乗車証利用者のうち「外出機会が増えている」と回答した人が45.7%。「増えている人の場合、週平均で2.1 回の増加となっていました。この数字は、敬老パスが高齢者の外出頻度を高める上で重要な役割を果たしていることを示唆しています。
また、横浜市の発表によると、敬老パスを保有している高齢者は、未保有の場合と比較して「毎日1時間以上の外出有の割合」が約1.2倍であるとのこと。外出時間の増加は、身体活動量の増加につながり、健康維持に大きく貢献します。
敬老パスが外出機会や歩行量の増加に寄与しているのであれば、高齢者の健康維持の一助となっていることは疑いの余地がありません。高齢者の健康維持は、本人の生活の質の向上だけでなく、社会全体にとっても重要な意味を持っています。
また、敬老パスによって高齢者の健康が促進されるとなると、介護給付費、医療費の削減効果も見込めます。
愛知県の4自治体を対象とした試算では、敬老パスの維持により、年間で1人あたり約1万2,000円の介護給付費の抑制効果が期待できるという結果が示されています。介護給付費の抑制は、自治体の財政負担の軽減につながります。また、高齢者の健康維持は医療費の削減にもつながるため、社会保障費全体の適正化にも寄与すると考えられます。
敬老パスは、高齢者の外出を促進し、健康維持に貢献することで、個人の生活の質の向上と社会保障費の適正化という二つの側面から、社会に大きな便益をもたらしていると言えるでしょう。 今後も、敬老パスの効果を検証し、制度の改善を図っていくことが重要です。
ですが敬老パスの交付対象となる高齢者数が増加の一途をたどる中、多くの自治体で事業費が増大し、財政を圧迫しています。
例えば横浜市の場合、「敬老特別乗車証」制度が開始した1974年と比較すると2019年時点で高齢者人口は約7倍に。このため、市税収入は8倍にとどまっているにも関わらず、事業費はなんと43倍にまで膨らんでいます。 高齢者人口の増加に伴い、敬老パスの交付対象者が増えることで、事業費は右肩上がりに増加しているのです。

横浜市における敬老パス事業費の推移
今後、日本の高齢者人口の割合は2040年には34.8%に達すると推計されており、現行の制度を維持することは容易ではありません。高齢化の進展に伴い、敬老パスの対象者はさらに増加することが予想されます。 一方で、生産年齢人口の減少により、税収の伸びは期待できません。このままでは、敬老パス制度の維持が困難になることは明らかです。
持続可能な制度設計に向けた見直しが喫緊の課題となっているのです。敬老パスの意義を認めつつも、財政的な制約の中で、いかに効果的・効率的に制度を運用していくかが問われています。
それでは、敬老パス制度は今後どのようにすべきなのでしょうか。
私は、まずは利用実態を正しく把握し、必要な人は引き続き活用できるようにしたうえで、不要な部分をカットしていくべきではないかと思います。
制度の見直しに当たっては、利用実態の詳細な分析が欠かせません。どのような人が、どの程度敬老パスを利用しているのか、利用目的や利用頻度など、利用実態を多角的に分析する必要があります。その上で、制度の目的に沿った利用を促進し、不適切な利用を抑制するための方策を検討すべきです。
例えば、横浜市の公表した2022年10月から1年間の利用状況をみると、年間利用回数60回まで(月5回ペース)が最も多く約24%(約9万9900人)である一方、年間利用回数520回(月40回ペース)を上回るヘビーユーザー層も約12%(約5万100人)存在していることが明らかに。

しかも、回数を基準にすると約1割しかいないヘビーユーザー層のみで全利用回数の41%を占めている 状況です。

横浜市における敬老パス年間利用回数別利用回数分布
月40回ということは週5のペースで往復利用が可能であり、通勤での利用が疑われます。通勤費用は本来、企業が負担すべきものであり、自治体が肩代わりしている実情は望ましくありません。また、本来の外出促進という目的から鑑みても、通勤レベルでの外出まではしなくてもよいはずです。これを受け、横浜市は「使用目的は把握できないが、望ましい利用方法ではない」としています。
また、敬老パスについては本人以外による不正利用疑惑も度々上がっています。
例えば、名古屋市の65歳以上の市民が市営地下鉄と市バスを無料で利用できる「敬老パス」の場合、年間100万円を超えるペースの利用者がいることが判明。これは1日平均13回使っている計算になります。これを自然な外出ペースというのはさすがに無理があるでしょう。仲間うちや家族間みなで使いまわしている、不正利用である可能性が高いと言わざるをえません。
このようなヘビーユーザーの利用実態を分析し、利用適正化の方策を検討する必要があります。 例えば、利用上限を設けることで、過度な利用を抑制することができます。
まずはこのような不正利用を適正化していくことで、かなりの額の事業費削減が見込まれるのではないでしょうか。
また、敬老パスの交付時に、制度の趣旨や適正利用のルールを丁寧に説明することも重要です。利用者の理解と協力を得ることで、不正利用のリスクを低減することができるでしょう。
また、敬老パスの持続可能性を高めるための方策として、「応益負担」と「応能負担」の考え方が注目されます。
応益負担とは、給付(サービス提供)の量に応じて自己負担額を払うという考え方。利用が頻繁な層に対しては、利用上限の設定を設けることで、負担の適正化を図ることができます。 例えば、年間の利用上限を設定し、上限を超える利用については、一定の自己負担を求めるといった方法が考えられます。
一方、応能負担とは所得に応じて自己負担額を払うという考え方です。現在、敬老パスの利用者負担は一律に低額に設定されているケースが多いのですが、利用者の所得に応じて負担額に差を設ける応能負担を導入することで、低所得者への配慮と制度の公平性を両立することができます。
例えば、住民税非課税世帯については現行の負担額を維持し、一定以上の所得がある世帯については負担額を引き上げるといった方法が考えられます。所得に応じた負担設定により、低所得者の利用を確保しつつ、制度の財政的な持続可能性を高めることができるでしょう。
応益負担と応能負担のバランスをとりながら、制度の適正化を図っていくことが求められます。利用実態や利用者の属性を踏まえ、きめ細かな制度設計を行うことが重要です。
敬老パス制度は、高齢者の外出支援と社会参加の促進という重要な役割を担っています。一方で、高齢化率は年々増加しており、制度の持続可能性を高めるための見直しが急務となっています。利用実態の分析を踏まえ、利用の適正化と負担の適正化を図りながら、制度の再設計に取り組んでいく必要があります。
高齢者の生活の質の向上と各制度の持続可能性の両立は、容易ではない課題ですが、知恵を絞り、工夫を重ねていくことで、解決の道筋を見出していくことができるはずです。敬老パス制度の見直しは、高齢者の尊厳を守り、活力ある社会を実現するための足がかりとなるでしょう。
現行制度を維持しながら、財政負担を軽減するためには、不正利用の防止や、利用回数の上限設定など、利用実態に即した適正化が必要です。また、応益負担や応能負担の導入により、利用者の負担を公平かつ適切に分担することで、制度の持続可能性を高めることができます。これにより、高齢者の外出機会を確保し、健康維持に貢献しつつ、自治体の財政負担を軽減することが可能となるでしょう。
敬老パス制度の見直しは、単なるコスト削減策ではなく、高齢者が自立した生活を送るための支援策として捉えるべきです。適切な見直しを行うことで、高齢者の外出促進や健康維持を図り、ひいては社会全体の活力を高めることが期待されます。高齢者が生き生きとした生活を送り続けることができる社会を実現するために、敬老パス制度の持続可能性を高める取り組みを進めていくことが必要です。

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