最上あいという名義で動画配信を行っていたライバーの女性が、3月11日、ライブ配信中に東京・高田馬場の路上で男性に刺されて死亡した。
殺人未遂で現行犯逮捕された容疑者(42)は、警察などの調べに対し「借金までして250万円もの貸し付けをしたのに一向に返してくれなかったから、犯行を決意した」などと供述しているという。
週刊誌報道によれば、容疑者は女性から返済がないことに困り果て、宇都宮地方裁判所において「貸金返還請求訴訟」を提起。勝訴したが、その後も女性からの返済はたった一回、3万円だけだったという。
「民事執行法」改正も現状は……借金を踏み倒すいわゆる「逃げ得」を防止するため、2020年に強制執行の手続きを規定する民事執行法の改正が行われた。これにより、財産開示手続きのハードルが下がり、債務者(お金を借りている側)が裁判所に出頭しないような悪質なケースにおける罰則も強化された。
しかし、刑事事件・民事事件ともに対応する杉山大介弁護士は「依然として、『貸金返還請求訴訟』で債務者が敗訴あるいは和解によって支払うことに合意した場合でも、“支払わずにいる”ことは珍しくないです」と指摘する。
「法改正では、債権者(お金を貸している側)の財産開示手続を強化しましたが 、黙っていても誰かがやってくれるわけではありません。債権者自身、あるいは代理人が手続きをする必要があります。
債務者が財産開示手続きに非協力的だった場合には刑事事件化もしやすいよう法改正はされましたが、警察が当然に動いてくれるとは限りません。ようやく刑事事件化できても、罰則はたかがしれており(6か月以下の懲役または50万円以下の罰金)、債権者の元にお金は戻ってきません」
杉山弁護士はこう説明した上で、今回、逮捕された被疑者について「正確な背景はわかりませんが、まっとうな法的手段をだいぶ踏んでいるとは思います」と推察する。
週刊誌報道によれば、今年1月、東京地裁立川支部で女性立ち会いのもと財産状況などの確認が行われたという。被疑者は財産開示手続きまで行っていたようにもみえる。
しかし、彼氏との旅行やタワマンでの優雅な暮らしぶりをSNSにあげていた女性の口座には800円しか残っていなかったという――。
過去の類似事件との明確な“違い” 今後の裁判にも影響か金銭トラブルに起因する女性の殺害事件といえば、昨年5月に東京・西新宿のタワーマンションで、ガールズバーに勤務していた女性(25)が客だった男性(51)に待ち伏せされ刺殺された事件を思い出した人もいるだろう。この事件でも、被疑者は逮捕後「お金を返してもらうために行った」などと供述していた。
しかし杉山弁護士は、今回の事件とは「大きな違い」があるとして、こう話す。
「私の実務経験に基づいた感覚ではありますが、新宿タワマン事件の際は『金銭回収』という名目で被害者に接触することが目的、というより『男女の情』に基づく執着の面が強くあると感じました。
一方で本件は、被害者の方が虚偽の事実を伝えて同情を誘ったり、わざわざ消費者金融から借金させるなどの手段まで指示した可能性があるなど、『金銭トラブル』としての背景が大きいように感じます。なにより、被疑者が正規の法的手続きまで取っていたところには、明らかな違いがあります」
このことは、今後の裁判にも影響を与える可能性があると杉山弁護士は続ける。
「『金銭トラブル』があったという理由だけで、簡単に罪が軽くなるわけではありません。
ただ、女性が金銭を借りるに際して虚偽の説明などを行っていた場合など、被疑者が詐欺の被害者である可能性も相応にあります。また、『吐血した』などと自身の死をちらつかせながら迫り消費者金融から借りてまでお金を用意させ、しかも裁判まで行っても財産が他人の手に移されていて回収できないという、被疑者が追い込まれた状況を、女性が積極的に作り出したという背景もあるようです。
ここまで被害者が犯行に至るまでの要因に寄与している可能性があると、量刑上の評価においても無視できないところが出てくるかもしれません。通常はそこまでの手段に及ばない人なのであれば、刑罰を科す必要性は減りますから。
とはいっても、量刑を決める上で重要なのは、行為・結果・経緯であり、前記は経緯の面でしかありません。行為の面では、相手の居場所をあらかじめ配信予定から把握して凶器を準備して行き、複数回刺すなど強固な殺意をもっていると推察できる部分は、犯罪行為としての親和性が高いとされて重く評価されると思います」
弁護士「情報が不十分で断片的であると意識して」その上で杉山弁護士は、「お金を返さなかった女性の自業自得」といったコメントがSNS上などで散見される状況については、一般論としては注意を呼びかける。
「現在出ている報道の多くは、事件より前に被疑者が周囲にもらしていた情報を中心に組み立てられています。そうした情報は、当然被疑者が主張したいことに偏っていたりするものです。本件は、LINEなどの客観性の高い情報も出ていたり、女性の関係者が配信によって公開した情報等もあり、通常よりも踏み込んだ評価がしやすい状況になってはいますが、一般論として事件発生当初は情報が不十分で断片的であるという点は、十分に意識して報道を見るべきだと思います」(杉山弁護士)