外国人労働者「死亡しても会社の責任を問わない」“誓約書”を提出させたケースも…使用者による「労災隠し」の実態【弁護士解説】

在留資格をもって日本で働く外国人労働者の数は、2015年に約91万人だったのが2024年には2倍超の約230万人に達した。日本政府も深刻化する「人手不足」に対応することを主眼として、2010年代半ば以降、外国人労働者の受け入れを拡大してきている。
もはや外国人労働者なしでは社会が成り立たなくなっており、外国人労働者の労働環境の整備や社会保障の拡充は待ったなしの状態にある。
そんななか、外国人の労働事件を数多く手がけてきた指宿(いぶすき)昭一弁護士は、外国人労働者に対する人権侵害を日本の社会、特に企業社会が容認してしまっている状況があると警告する。本記事では指宿弁護士が、外国人労働者が過酷な労働環境におかれやすい実態と「労災」に関する問題について解説する。
※本記事は指宿昭一弁護士の著書「使い捨て外国人人権なき移民国家、日本」(朝陽会)より一部抜粋し、再構成したものです。(連載第1回/全5回)
多くの外国人が労災の「無権利状態」にもちろん、外国人労働者にも労災保険制度は適用される。使用者に故意もしくは過失があれば、損害賠償も請求できる。しかし、実際には、外国人労働者の多くは労災保険制度を知らず、また、使用者が「労災隠し」をするケースも多い。
外国人労働者からの相談では、「仕事中事故にあったが、会社は何もしてくれない。どうすればいいのかわからない」「仕事中の事故なのに、社長から、医者には自宅の風呂場で転んでけがをしたといえと命令された」という訴えが多い。
さらに、「仕事中に事故にあって、しばらく休んだら、解雇された」「私は技能実習生だが、仕事中の事故で指を切断してしまったら、次の日に会社の人たちがアパートに来て、車に乗せられて、空港に連れていかれて、強制的に帰国させられた」といった訴えもある。
外国人労働者も日本人労働者と同様に労災保険や民事損害賠償によって補償を受けられるというのが制度の建前であるが、実際には多くの外国人労働者が「無権利状態」に置かれている。
2014年7月、大阪の介護会社で、フィリピン人女性を介護職員として採用する際に、本人が死亡しても会社の責任は問わず、「永久に権利放棄する」という誓約書を提出させていたことが報道された(同年7月13日、共同通信)。
会社は、「あなたを守ってくれる書類だ」と説明し、延べ30人程度がこの文書に署名させられ、提出したという。こういうことは、他の会社でも行われている可能性がある。
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外国人労働者数の推移(2015年~2024年)(出典:厚生労働省「『外国人雇用状況』の届出状況まとめ」)

ある技能実習生過労死事件2008年6月、茨城県潮来市のメッキ工場で働いていた中国人技能実習生が急性心不全で死亡した。31歳だった。故郷には、32歳の妻と7歳の長女、50代の両親がいた。
会社の遺族に対する説明は、「会社に責任はない」というものだったが、妻は、夫が「残業が長く、休みが取れなくてきつい」と漏らしていたことを思い出し、納得できなかった。遠い親戚が九州大学に留学していたことを思い出し、彼に電話で相談をした。
留学生は、「過労死ではないか」と疑い、実習生問題に取り組む弁護士を探し、私のことを紹介されて、事務所に電話を入れてきた。
私は、留学生から事情を聴き、すぐに会社に乗り込み、社長から事情を聴いた。社長は、「うちでは、月20時間程度しか残業をさせていないから、過労死などということはあり得ない。証拠のタイムカードもある」と説明した。
私は、社長の説明を信用することができなかった。後日、一緒に働いていた実習生から、秘密裏に、「うちの会社では、本当の労働時間を記載したタイムカード以外に、残業時間が週20時間以内に収まるように記載した虚偽のタイムカードをつくっている。会社は、本当のタイムカードを破棄処分してしまった」という連絡が入った。
しかし、後日、会社から返還された遺品の中から、2007年11月分の本物のタイムカードのコピーが出てきた。1か月の総労働時間が約350時間で、残業時間は約180時間だった。
これを証拠として労災申請を行い、2010年11月に技能実習生としては初めての労災認定を受けた。タイムカードの破棄などを理由に会社と社長は、労基法違反で罰金刑も受けた。
また、2011年2月には、遺族が原告となり、受け入れ会社と監理団体である協同組合に対して損害賠償を請求する訴訟を提起し、2012年11月に被告らが解決金を支払い、「遺憾の意」を表した上で、再発防止を約束する和解が成立した。
この事件は、外国人労働者の過労死事件で遺族が補償を得ることの難しさを明らかにした。特に、家族を連れず、1人で日本に来て働く技能実習生の場合、遺族には、被災者についての情報がほとんど何もない。
また、日本の労災保険制度についての知識もなく、誰に相談すればいいかもわからない。
本件の場合、たまたま、遺族の親戚が日本に留学していたという事情があり、また、会社が長時間労働を隠すために虚偽のタイムカードを作成したにもかかわらず、真実のタイムカードのコピーが遺品の中から出てきたという偶然の事情があった。
こういう偶然が重ならなければ、本件で過労死が認められ、遺族への補償がなされることはなかったであろう。本件は、そういう意味で、外国人労働者の過労死事件の氷山の一角に過ぎず、明るみに出なかった数多くの過労死の存在を示唆している。
外国人労働者の労災補償は“安くていい”のか?本来、命に値段はない。しかし、実際には命の値段は存在する。
労災死亡事件の場合、逸失利益(死亡によって失われた利益)と慰謝料を算定し、「命」に値段をつけ、損害賠償額を決めなければならない。日本人であれ、外国人であれ、これは辛いことである。
一方で、外国人労働者が労災で死亡した場合と、日本人労働者が死亡した場合では、損害額に大きな格差が生じることがある。これは、命の値段で差別されているようで、到底、納得ができないことである。
前述した技能実習生過労死事件においても、この点が大きな争点になった。
被告(会社と監理団体)は、技能実習生は、もし、日本で死亡しなければ、技能実習終了後には中国に帰国して、中国で就労するはずだったのだから、死亡によって失われた利益(逸失利益)の算定は、日本ではなく中国の賃金水準で計算するべきであり、精神的損害を慰謝するための慰謝料も、受け取る遺族が中国で生活しているのだから、日本と中国の物価の差を考慮して、日本人が死亡した場合よりも低額になるはずだと主張した。
本件は和解で解決したので、裁判所は被告の主張について判断をしなかったが、結果としては、遺族が納得する金額の解決金を得ることができた。
実は、この争点については、すでに1997年の最高裁判決がある。将来帰国が予定されている外国人の逸失利益は、日本に滞在することが予想できる期間は日本の収入等を基礎とし、帰国後はその国での収入を基礎として逸失利益を算定するのが合理的だというのである(最高裁平成9年(1997年)1月28日判決(改進社事件))。
この判決を根拠に、使用者が、外国人労働者の労災は補償が安く済むと考えて、安全配慮を怠るようなことがあれば、大問題である。

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