刑務所で年に一度行われる「運動会」 受刑者が刑務官を胴上げ、「六甲おろし」の替え歌で応援…白熱と緊迫の2時間半

一般社会から断絶された“塀の中”で何が起きているのか――。
刑務所問題をライフワークとする記者が、全国各地の“塀の中”に入り、そこで見た受刑者の暮らしや、彼らと向き合う刑務官の心情をレポートする。
第1回は、受刑者らの刑務作業工場における団結心向上や、ストレス解消などを目的に各刑務所で年に一度開催される最大のイベント「運動会」について。懲役10年以上の長期刑(L)に服しており再犯する可能性が高い(B ※初犯は「A」)とされる「LB級」の受刑者を主に収容する岐阜刑務所では、全13工場の対抗でさまざまな競技が行われる。
※この記事は、テレビ朝日報道局デスク・清田浩司氏の著作『塀の中の事情 刑務所で何が起きているか』(平凡社新書、2020年)より一部抜粋・構成しています。
暴力団抗争を運動会に持ち込もうとする受刑者岐阜刑務所は、再犯の刑期が長い受刑者、LB級が集まる施設なので暴力団関係者も多い。幹部クラスの暴力団員も少なくない。そのため対立する組のメンバーがグラウンドで隣りあわせなどにならないように応援席の配置にも細心の注意が払われる。
ヤジがあったりすると喧嘩になるので、競技中はそうしたことにも神経をとがらす。グラウンドに作る簡易トイレも工場ごとに置かれるが、対立する暴力団員が接触しないよう動線にも配慮する徹底ぶりだ。
刑務官の警備も通常以上の態勢になる。万が一に備え、普段は下げない60センチほどの警棒も携帯する。また建物の角にある見張り台は普段は、人員削減のため使用していないが、運動会の日だけは職員を置き、“俯瞰の目”で異常がないかチェックする。
運動会を取り仕切るベテランの亀田幸一刑務官(仮名)も、「受刑者一人ひとりの動き、何を考えているのか一番気をつけますね。そういうことを職員同士の横の連絡、縦の連絡を普段以上に密にしてトラブルを事前に防ぎます」
運動会当日は幸い、天気もよく爽やかな秋晴れの空が広がっていた。午前中は亀田刑務官を中心に職員総動員でテントを張ったり、仮設トイレを設置したりと慌ただしく準備が進められていた。亀田刑務官も少々緊張の面持ちだ。
──まもなく運動会が始まりますが、不安はないですか?
「そうですね、最後まで不安はやっぱりありますね、一生懸命今まで準備してきたわけですが、今日一日うまく流れるかどうか、そこがちょっと不安はありますね」
その不安は的中してしまう。事前に暴力団抗争を運動会の場に持ち込もうとする動きを察知、職員のもとに“密書”も届き、さらに規律違反者への面接で不穏な動きがわかったという。このため関わっていそうな対立する組の幹部クラスの受刑者は参加を急遽取りやめたのだ。
言わずもがなだが学校の運動会とは趣は全く違う。そこに集まってくるのは社会の道を外れ重い罪を犯してきた男たちなのだ。暴力団幹部や関係者、“凶悪犯”たちが一堂に会するのだ。刑務官たちの緊張もいやが上にも高まる。
鯛釣り競走、缶積み飴食い競走、カンガルー競走…午後1時、行進曲が鳴り響き受刑者たちが工場ごとにグラウンドに入場してくる。優勝旗やそれぞれの工場の旗を持って行進する。受刑者たちは心待ちにしていた瞬間だろうが、刑務官たちにとっては緊張の一瞬だ。選手宣誓、準備体操が行われ、いよいよ競技が始まる。
運動会は全11種目、50メートル競走に始まり、縄跳びしながら走る「縄跳び競走」、鯛の模型を釣って走る「鯛釣り競走」、ボールを頭上で手送りし後ろから股下を通す「玉送り競技」、ラグビーボールを棒でころがす「ラグビーボール競走」、ピンポン玉をスプーンの上にのせて走る「ピンポン玉競走」、缶を足で積み上げ次に飴をくわえて走る「缶積み飴食い競走」、自転車のリムを棒で回す「輪回し競走」、60歳以上の者が参加した「玉入れ競技」、計量カップで一升瓶に水を入れていく「注水リレー」、両足を縛り飛び跳ねていく「カンガルー競走」などさまざまだ。
受刑者たちはどの競技も真剣に取り組み、声を張り上げ自分たちの工場を必死に、そして楽しそうに応援していた。中には足がもつれて転がってしまったり、思い通りの動きができなかったり、思わず笑ってしまう光景も広がった。普段は見られない満面の笑顔、そして心の底からの笑い声が何度もグラウンド中に響き渡った。ひとたび運動会が始まるとみな童心に返ったかのようだ。
徒競走で1位になった受刑者は嬉しそうに万歳をしてテープを切る。中にはどこで準備したのか日の丸の扇子を持って大声を張り上げ熱い応援をする受刑者までいた。
全13工場で競われる運動会、受刑者たちが普段、「オヤジ」「担当さん」あるいは「先生」(※)と呼ぶ各工場の担当刑務官を言わば“男にしよう”とみな頑張るのだ。担当刑務官の名前を盛り込んだ応援歌まで作って歌っていた。プロ野球・阪神タイガースの応援歌「六甲おろし」の替え歌だ。
※ 名古屋刑務所で刑務官らによる受刑者への暴行・暴力問題の発覚を受けて、法務省は2024年2月、刑務官の「先生」呼称を廃止するなどの改善策を打ち出した。
♪おう、おう、おう、5工オカダーズ、フレーフレーフレー
第5工場担当の岡田さん(仮名)という名前を盛り込んで歌い上げたのだが、さすがにそれを聞いて岡田刑務官も苦笑する。しかし、事前に聞いていた話の通り工場ごとの団結心も養われる気がした。今後の服役生活に活かされることになるだろう。
すべての競技が終わり優勝工場も決定、閉会式が行われたのは午後3時半。わずか2時間半ではあったが、受刑者たちにとってストレス発散の場になったのは間違いない。
罪を犯した受刑者になぜ、そんなストレス発散の場が必要なのか、疑問を持たれる方もおられよう。しかし彼らも人間なのである。“ガス抜き”は必要なのである。こうした場を設けることで“社会のセーフティーネット”という刑務所の役目を果たせているのではないかと彼らの姿を見て感じた。
「ワッショイ、ワッショイ」担当刑務官を胴上げそしてこの後、塀の中とは思えない光景を目の当たりにする。なんと自分たちの「オヤジ」、担当の刑務官を「ワッショイ、ワッショイ」と胴上げし、運動会で健闘したことをともに喜んでいたのだ。普段では到底考えられないシーンだ。
そして優勝旗を手に受刑者たちがグラウンドを後にする。運動会は無事、終わった。担当の工場が優勝し胴上げされた岡田刑務官に聞く。
「人と人とのつきあいなので信用するところは信用します。しかし、私らは100%彼ら受刑者を信用するのは官服着ている以上できないと思うんです。やはりどこかで1%は何か疑うわけではないんですが、やはり100%信用してしまうのではなく、1%ぐらいはどこかでやはり気を引き締めるところを持って臨んでいます」
確かに競技中もひっきりなしにトランシーバーなどを使い職員同士、異常がないか不審な動きはないかと連絡を密にして厳しい監視の目を光らせていた。運動会であろうと、どんな現場でも刑務官たちには常に緊張感が必要なのだ。運動会前のインタビューで、前出のベテラン刑務官・亀田氏は「塀の中は今でも怖い」といったが、この言葉はそういう意味なのであろうと腑に落ちた。
罪を償う人間と、彼らを監視、管理する人間、長期受刑者を収容するこの刑務所では立場の違う人間が長い年月顔をつき合わせ続けるのだ。“馴れ合い”は禁物なのだ。
運動会終了後、担当の亀田刑務官に話を聞くと、
「今朝まで心配で仕方なかったが、やっと終わって胸の中がすっとしました。事故もなくけが人もなかったので安心しました。こういう一番大きなイベントで受刑者たちの中にためていた鬱憤を発散できたのはよかったと思います」
と重責を全うし、ようやく笑顔を見せた。私が運動会を通じどんなことを受刑者に感じてほしいかと尋ねると、
「運動会を通じ工場の中での団結というか、一人ひとりが仲良く労(いたわ)りあえるような気持ちになってもらえたらいいなと思います」
その表情はこの日の秋晴れのように清々しく達成感にあふれていた。

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