近年では大手航空機メーカーの旅客機のパーツ開発を手掛け、著しい需要の伸びを背景に「旅客機の爆買い」をしているインド。同国は将来、「自国での旅客機開発」をする可能性はあるのでしょうか。
2024年時点でインドは「メイク・イン・インディア」の掛け声で製造業への積極的な投資を奨励し、いわば「世界の工場」を目指しています。航空機産業についても、ずいぶん長い間開発と生産へ力を入れていました。一方で、近年は国内需要の伸びを背景に、エア・インディアなどがエアバスとボーイングへ“爆買い”ともいえるほどの大規模な旅客機の発注を行っています。
旅客機「爆買い大国」は自国製造に乗り出すか? 勢いスゴい! …の画像はこちら >> エア・インディアのエアバスA350-900(画像:エア・インディア)。
こうした状況のインドですが、将来、旅客機の独自開発に乗り出す可能性はあるのでしょうか。
インドは航空機の開発・生産分野では、他国ほど目立たないものの、これまでも国内で軍用機などを中心に設計と製造を行ってきました。
たとえば、ヒンドスタン航空機(HAL)は軽戦闘機「テジャス」を2001年1月に初飛行させています。1960年代に軍用練習機のHJT-16「キラン」を開発した後にHJT-36「シターラ」も手掛け、中型双発ヘリコプターのALH「ドゥルーブ」や軽攻撃ヘリコプターも手掛けています。
大型固定翼機の分野においても、2023年にはアメリカの大手航空機メーカー、ボーイングの旅客機「737」の垂直尾翼の生産をインド国内で始め、さらに2024年、ヨーロッパの航空機メーカー、エアバスの軍用輸送機「C-295」の最終組み立て工場が開設されています。
一方で旅客機の購入規模に目を向けると、エア・インディアは2023年2月にボーイングとエアバスに合計470機の大型発注を行い、格安航空会社(LCC)インディゴも同じ年の6月にA320を計500機も発注しています。機数でみると、これは世界的に見てもかなりの大量購入です。
航空会社の大規模な発注が自国での航空開発にそのまま結び付くわけではありませんが、インドのGDP成長率は2022年度が7.0%、2023年度は8.2%となっています。
そして、これまで同じように高い経済発展を追い風に自国での旅客機開発へ乗り出し、実用化にまでこぎつけた国があります。それが中国です。現状のインドの航空産業を取り巻く状況は、かつての中国の航空産業の大きな伸びを思い起こさせます。
ここでいったん、中国の航空産業へ目を向けます。現在同国では、150席クラスの国内開発のジェット旅客機「C919」のセールスにまい進しており、ついに海外へのプロモーションも開始したのは記憶に新しいところです。
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インドが開発した戦闘機「デジャス」(清水次郎撮影)。
これには、現在世界の航空会社で採用されている旅客機が、欧米などに本拠を構えるわずか数社のメーカーから選ばざるを得ない状況で、中国が将来的に「覇権」を握ろうという意志すらも見え隠れしています。航空産業に限らず、インド太平洋地域の政治情勢を見ても明らかでしょう。
これに対して、インドは中国をライバル視こそしていますが、政治分野においてはあからさまに世界の覇権を握ろうとするような野心的な動きは見せていません。それどころか逆に近年、日米との関係を積極的に強化し豪州も合わせたクアッド同盟の一員に数えられています。
インドの航空機産業に話を戻すと、テジャスはインド空軍と2021年2月に83機の購入契約を結びましたが、開発の道のりは決して平たんではありませんでした。こうした戦闘機の独自開発には困難がともないます。
同じように、旅客機の開発も安全性と快適性、そして厳しい経済性などを確保しなければならない難しさがありますし、実用化において「欧米の型式証明の取得」という最大の壁も立ちはだかります。これこそが、中国の旅客機が国外でほとんど運航できない理由であり、日本の三菱スペースジェットが開発中止に追い込まれた理由の1つでもあります。
こうして見ると、たとえ経済的発展が著しくても、インドが旅客機開発の技術まで獲得済みと見るのは、まだ早計でしょう。そのため、仮にインドが旅客機開発へ意欲を見せたとしても、実行に移すのはまだ先の話になりそうです。
ただし、今後インドがボーイングやエアバス、あるいはエンブラエル(ブラジル)へ旅客機の現地生産拡大を本格的に求める方針を表明した時は、将来の旅客機開発を踏まえた、一種の“布石”と見るべきかもしれません。