航空自衛隊が導入を進める最新鋭ステルス戦闘機F-35A「ライトニングII」。この戦闘機パイロットになるためには、必ず配属される飛行隊があります。そこのトップにF-35戦闘機のスゴさを聞きました。
青森県の航空自衛隊三沢基地には、2024年11月現在、日本で唯一F-35A「ライトニングII」戦闘機が配備されています。
ステルス戦闘機は“強すぎて”大変!? 空自「F-35乗り」育…の画像はこちら >>第302飛行隊のパイロットと隊員たち。後方に見えるのは部隊創設50周年で製作された記念塗装機で、垂直尾翼にはF-4EJ改を運用していた頃のオジロワシのマークがカラーで再現されている(布留川 司撮影)。
F-35Aは、世界最先端の第5世代機に分類される機体で、航空自衛隊では最新鋭の戦闘機になります。そんなF-35Aを運用する部隊として、三沢基地には第301飛行隊と第302飛行隊の2個部隊が配置されていますが、後者、すなわち第302飛行隊には、前者(第301飛行隊)にはない唯一無二の重要な役割、航空自衛隊の新たなF-35パイロットを養成する任務が付与されているのです。
航空自衛隊では戦闘機パイロットを目指す場合、筆記試験や適性試験などをクリアしたのち、T-7初等練習機、T-4中等練習機とステップアップしていき、その後F-2やF-15の教育飛行隊で所要の訓練を受け、第一線部隊へと配属されます。
しかし、F-2やF-15は教育飛行隊があるのに対し、F-35Aはそのような訓練部隊はなく、新しくそのパイロットになる隊員はこの第302飛行隊において「機種転換訓練課程」と呼ばれる訓練を受けることになります。
訓練を受けるパイロットは訓練学生と呼ばれますが、学生といっても隊員たちはそれまで違う飛行隊でF-2やF-15「イーグル」を操縦してきたバリバリの戦闘機パイロットです(2021年に完全退役したF-4EJ改のパイロットも在籍)。彼ら(彼女ら)は、ただ操縦資格があるだけでなく、数年単位で実際の任務に就き、なかには他の機体の指揮もできる編隊長の資格まで持っている中堅クラスの人材だったりもします。
そんな一線級のパイロットであっても、F-35Aの操縦資格を得るには、新たに機種転換のための課程教育を受ける必要があるのです。これはどんなに経験豊かなパイロットでも変わりません。
第302飛行隊長を務める反田2等空佐は、ここで行われる機種転換教育の内容について、次のように説明してくれました。
Large figure2 gallery7
第302飛行隊の第30代飛行隊長である反田和宏2等空佐。以前はF-4EJ改のパイロットであり、同機を運用していた百里基地時代の第302飛行隊にも所属していた(布留川 司撮影)。
「機種転換課程については、高度に体系化されたシラバス(教育計画)のもと、飛行訓練のみならず、シミュレーターやソフトウェアを活用した学科教育など、訓練効果に重点を置いた教育をアメリカ人教官たちと協力しながら実施しています」(反田2佐)
戦闘機の操縦訓練では、F-35Aの実機を操縦するだけでなく、それを模したフライトシミュレーターが使われています。これは実機を再現したコックピットに座り、スクリーンに映されたコンピューターグラフィックの仮想空間で実機さながらにF-35Aの操縦訓練を行うことが可能です。
一見するとゲームのようにも見えますが、アビオニクスの機能や操縦感覚は実機とほぼ変わりません。これにより、F-35Aに乗ったことのないパイロットでも安全に訓練が行えるうえ、機体故障や悪天候下といった実機では訓練が難しい飛行環境も自由に再現することができます。
F-35Aで教官と学生が同乗できる複座型が開発されなかった一番の理由は、このようなフライトシミュレーターを活用した訓練ができることあります。また、このフライトシミュレーターは学生だけでなく、現役F-35パイロットたちも日常的に訓練で使用しています。
しかし、他機で経験を積んだベテランパイロットからしても、F-35Aの操縦訓練は決して楽なものではないようです。それはF-35Aが「操縦の難しい機体」という意味ではなく、これまでの戦闘機よりも「強すぎること」が理由のようです。
「F-35は優れたステルス性能、先進的なセンサーシステムおよび高度に体系化されたネットワークにより、多様な任務に対応することが可能です。ただ、それゆえに、装具ひとつをとっても従来機とは異なり、戦技や戦術に関する考え方も従来とは異なる部分が多いため、他機種で十分な経験を有する操縦者であっても、機種転換教育時においては多くの苦労を要します」(反田2佐)
Large figure3 gallery8
訓練のために三沢基地から発進するF-35。現在、第301飛行隊と第302飛行隊の2つの部隊があるが、パイロットの機種転換課程教育を行っているのは第302飛行隊だけである(布留川 司撮影)。
F-35Aは単純に新しい戦闘機というワケではありません。航空自衛隊では初となるレーダーに見えにくいステルス機のため、その運用方法や戦い方は独自性が強く、搭載するレーダーや光学カメラなどの高性能なセンサーは従来の戦闘機よりも広い空間の情報を高精度で収集することが可能です。また、高度なデータリンク機能は戦闘機以外の異なるプラットフォームとの連携も可能なため、これまでの戦闘機ではなかった新しい領域に関わることになります。
一方で、これまでの戦闘機で重要だった空中戦での機体操縦の部分はコンピューターが制御しており、そこではパイロットの技量差は大きく出ないそうです。つまり、F-35Aではその戦い方が大きく進化したことで、パイロットに求められる技術や考え方も変化しているということであり、反田2佐が言う機種転換における苦労とは、そのことを指すのでしょう。
このようなF-35とそのパイロットに求められる能力の変化は、戦闘機での空の戦い方自体が変化している、そのものの表れともいえます。
戦闘機の空中戦といえば、多くの人が映画『トップガン』のような激しいドッグファイトを連想するでしょう。しかし、現実の空中戦では戦闘機はミサイルによって遠く離れた距離で交戦します。加えてF-35Aは、優れたステルス性と高性能センサーによって、非ステルス機に対してはそれを一方的に行えるだけの能力を持っています。
Large figure4 gallery9
離陸に向かう第302飛行隊のF-35。コックピットのパイロットがこちらに手を振っている(布留川 司撮影)。
ゆえに、F-35Aを操縦するパイロットに必要な能力は、敵機をドッグファイトで圧倒できるだけの操縦技術よりも、接近する前にそれを迎撃できる戦術的な考え方と状況認識能力の方だといえるでしょう。
「現在、302飛行隊には、それぞれ異なるバックグラウンド(これまで操縦してきた戦闘機や任務)を持つ戦闘機操縦者たちが所属しています。個々の経験や視点を持ち寄り、互いの長所を活かして切磋琢磨し、同じ目標に向かって個々の能力を向上させています。隊長としての私の役割は、飛行隊としての進むべき方向性(目標)を示すとともに、彼らの成長を支えることです。組織としてのパフォーマンスを最大発揮できるよう隊員とのコミュニケーションを重視して日々勤務しています」(反田2佐)
防衛省/航空自衛隊は、F-35Aに加えて垂直離着陸が可能なB型の調達も決めており、両タイプ合わせて147機を導入する計画です。今後は石川県の小松基地と宮崎県の新田原基地に新しい飛行隊が作られる予定です。ただ、前述したような理由から、これら新編部隊でパイロットとなる隊員たちは、ここ第302飛行隊で最初に訓練を受けることになります。
飛行隊の隊員たちは、通常の任務と機種転換教育課程の訓練という2つの任務を行っているため、非常に忙しい日々を送っています。しかし、自分たちの活動が今後の航空自衛隊の未来を形作ると認識しているからか、極めて士気旺盛で意識高く任務に従事していたのが印象的でした。